私と憲法

今日は憲法記念日であるから、日本国憲法下の治世における自分の歩みを振り返ってみることにした。

 

17歳のころ

樋口陽一先生の『自由と国家』を読んで、立憲主義は歴史上重要な役割を果たしてきたことを知った。

学校では多数決で物事を決める。だから、多数決で物事を決めるのは、当たり前のようにも思わされていた。しかし、なぜ多数決で決めるのが良いのか、教えてもらった記憶はない。

むしろ、この本からは、多数決でも決めてはならないことがある、ということを学んだように思う。

歴史が好きだったから良く勉強していたが、高い支持を集めた権力はむしろろくでもない政治的成果を残していることがしばしばあることに気がついた。立憲主義の思想は重要な価値を持っているのだ、と思った。

 

18歳のころ

首尾良く、京大の法学部に進学した。

初めて法学部の授業に出たのは、佐藤幸治先生の法学入門だった。難解だったが、授業をなぞるようにしてノートを取って試験を受けたら優がついた。後で教科書を読んだら、同じことが書いてある。大学の授業というのは、そのようなものなのかと誤解した。それ以降、法学部の授業にはほぼ出なくなってしまった。

但し、佐藤幸治先生の本を折に触れては読んで、理詰めで考える大切さを学んだ。

 

23歳のころ

真面目に勉強しないといけないと思い、芦部信喜先生の『憲法』を良く読んだところ理解が進むようになり、司法試験に合格した。

 

25歳のころ

弁護士登録していわゆるイソ弁になった。若いころは、弁護士は色々なお客さんの仕事を受けなければならないから、政治や宗教に関わるような問題はできるだけ個人的に発言しないように、との心境で過ごしていた。

 

28歳のころ

祖父が死んだ。当時行った香港の写真を祖父に示したところ、俺がいたころと変わってないとの言葉をはっきり残していた。晩年の祖父は朦朧としていたが、戦争の記憶は明確だった。強い印象が残っていたのだと思った。

 

31歳のころ

祖母が死んだ。祖母は戦争で前夫を亡くし、疎開先でも子供を亡くし、戦争には随分翻弄されたことを、死んでから知った。戦争が起こることはそれ自体が個人の尊厳に対する最大の脅威だからこそ、してはならないと憲法はうたっているのだ、ということを理解した。

 

32歳のころ

『アリストテレスの政治思想』という本が岳父から送られて来た。二千数百年前のギリシアの思想には、既に、幸福、平等といった、今なお通用している基本的な価値の萌芽が現れていたことを知った。

日本国憲法も13条で幸福追求権を、14条で法の下の平等を定める。同じ言葉が使われているのは何故だろう。飛躍するが、日本国憲法のうたう様々な価値は、これまで人類が世界的に積み重ねてきた英知の結晶ではないか、と思った。

 

33歳のころ

日弁連の憲法問題対策本部の委員を任された。憲法改正手続法の問題とかはあったが、改正の動きが現実化しているような雰囲気でもなかった。

日弁連の憲法委員会には、伊藤真先生がいた。私が京都にいたころは、受験生は猫も杓子も伊藤塾に行く雰囲気だった。ただ、滞留している人々も見かけたので、「やればできる。必ずできる。」という伊藤先生は、商売上手に過ぎるなあ、と思っていた。

しかし、ロースクールができた影響などもあったのか、活発に活動されるようになり正直驚いた。帯広や釧路にも来て頂いたこともあった。

 

35歳のころ

時の政権が憲法改正をしたい、しかも96条から改正をしたいということを言い出した。憲法改正について議論するのはともかく、憲法改正規定である96条から改正するということを言い出したのは、余りに立憲主義確立の歴史を無視している。強い抵抗感を覚えた。

そうしていると、憲法改正ができないなら解釈変更だなんて話が出てきて、何か雲行きがあやしいことになってきた。

 

37歳のころ

佐藤幸治先生が『立憲主義について』という本を出した。この人は、司法制度改革を失敗させておいて今更何をいっているのか、と憤慨しながら読んだ。しかし、日本国憲法は立憲主義の展開の現代の到達点だ、との指摘はそのとおりだと思った。

そうこうしていると、色々な反対運動もむなしく、安保法が成立した。国会の前で反対運動をしている人たちも見た。目の前をおかき屋の派手なトレーラーが走り去っていった。ただ、無力さを感じるだけであった。

 

不惑を前に

このところ、毎日のようにもの凄い言説が聞こえてきて、耳を疑うことも少なくない。

生活保護受給者は努力が足りないらしい。労基法の規制はおかしいらしい。学校で道徳を教えなきゃならないらしい。日本には少数民族なんていないらしい。

強い人が、そういうことを平然と言い放っている。ここはどんなディストピアなんだ…フェイスブックを開く度、幻滅している。

民主制は為政者が交代することに価値がある。いつになったら、自由で平等な社会に向かって逆転するのだろう。むしろ、逆転を困難にする方策が次々と繰り出されている。そのうち、おまえのような変なことをいう奴は一般市民ではない、という理由で弾圧されるだろう。出口の見えないトンネルを前に、暗澹たる気持ちで過ごしている。

四十にして惑わず、というが、不惑を前に戸惑ってばかりである。

昔の人の考えが必ず正しいというわけでは無いかもしれない。しかし、それがなぜ今日まで通用してきたのか考えることは、なお、意義のあることだろう。私もまだ途上である。憲法記念日に限ったことではなく、日々、そのようなことを思っている。

 

 


2017-05-03 | カテゴリー : コラム, 憲法 | 投稿者 : Yoshitada Iwata